中国の城と日本の風土

中国の城と日本の城には違いがある。

まちを高い城壁で囲むことなど、
あきらかに日本では不必要
なことであった。

奈良も京都も、長安をモデルにして、その規模
を小さくしてつくったみやこである。天子の居所
の南に朱雀路というメインストリートがあり、そ
れを境に左京と右京に分れる。碁盤の目のような、
整然とした区画の集合体であることなど、まった
くおなじだが、この首都を囲む城壁は、奈良にも
京都にもない。

日本で江戸城といえば、徳川将軍
の住んでいたあの濠に囲まれた千代田城のこと
で、けっして江戸のまちを指して呼ぶのではない。
中国では城壁で囲まれたまちのなかの、大将軍
およびその家臣団が守りをかためている場所に、
またしても城壁がつくられる。

城のなかの城であ
り、これが日本の千代田城や大坂城の城に相当する。

中国の城

中国で「城」といえば、まちを指すことが多い。
現代中国語でも、都市というよりは城市という表
現のほうがふつうである。

まちは城壁で囲まれて
いるのだから、この表現には抵抗はなかった。
日本はその文明の揺藍期に、遣唐使を派遣する
などして、さまざまな中国の文物を採りいれ、律
令国家をつくりあげた。それはかなり忠実な唐制
の縮尺版であったといえる。

それでも、日本が採
りいれなかった中国の制度があったが、そのおも
なものは、宙官、科挙、そして城郭の制度である。
日本の風土になじまなかったのだが、そ
れよりも必要がなかったのでもある。

水戸城

現在の茨城県水戸市三の丸にあった城。
徳川御三家の一つ「水戸徳川家」の居城。
茨城県指定史跡。三の丸にある藩校・弘道館は国指定特別史跡。

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旧水戸城の城郭は、見学できる場所とできない場所に分かれている。
旧本丸 - 茨城県立水戸第一高等学校の敷地になっており、見学目的での立ち入りも可能。
旧二の丸 - 道路以外の学校敷地内には常時の立ち入りができない。
旧三の丸 - 水戸市立三の丸小学校を除き、弘道館は有料で、その他の敷地は無料で立ち入りができる。
今は高校の敷地ってのもおもしろいですね。
見学出来るので行ってみてもおもしろいかも・・・。

土浦城

常陸国新治郡にあった城。

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現在の茨城県土浦市に位置する。室町時代に築かれ、江戸時代に段階的に増改築されて形を整えた。幅の広い二重の堀で守る平城。
天守は作られなかった。太鼓櫓門が現存し、東西二か所の櫓が復元されている。
土浦は度々水害に遭っているが、その際にも水没することがなく、水に浮かぶ亀の甲羅のように見えたことから亀城(きじょう)の異名を持つ。茨城県指定史跡第1号。

西側の本丸寄りにはミニ動物園として、日本猿が数匹飼われている。

本当にミニです。

岩村城

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岐阜県恵那市岩村町にある中世の山城跡で、江戸時代には岩村藩の藩庁であった。
付近は霧が多く発生するため、別名・霧ヶ城とも呼ばれる。「女城主」悲哀の物語が残る。
日本三大山城の一つに数えられている。
廃城令により、1873年(明治6年)城は解体され石垣のみとなった。藩主邸は残されたが、1881年(明治14年)に全焼した。跡地には1972年(昭和47年)岩村町歴史資料館が開館した。1990年(平成2年)藩主邸の一部、表御門・平重門・太鼓櫓などが復元された。

2006年(平成18年)には日本100名城の一つに指定され、2007年(平成19年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリー(38番)が開始された。

いつか自由な時間が出来たら一気に城のスタンプラリーに挑戦したいなぁ。
中学生のときにやった以来やってないですし。