城が残った理由
シルク・ロードのオアシス都市国家は、東西交易の仲介者として栄えたのだが、人口四万足らずていどでは、軍事的な強国になることはありえない。
防衛のためには、もっと強大な勢力と結び、その力を借りるほかなかった。
ときに唐につき、ときに西突厭についたりする。
勢力の均衡が失われると、国家の基礎が危うくなり、ついには亡国の悲劇をみることになる。
文化財が畑のこやしに唐に、ウイグルに、そしてモンゴルに、この城はなんども滅ぼされた。
そして、500年もかえりみられずに、沙漠にうちすてられでいたのに、廃嘘にせよ、よく残ったものである。
その理由は、第一に焼けなかったことだ。
沙漠のオアシスでは、材木がすくない。
建築材料は、どんな宏壮な宮殿でも、例の天日に干した土塊で造られる。
火を放っても炎上しないのである。
極端に雨量のすくない乾燥地帯なので、溶け崩れることがない。
本来なら、もうすこし完全に残っているべき遺跡であるが、火や水ではなく、思いもかけぬ敵がいて、そのため現在のように、崩れ残った形になったのだ。
その敵とは人間---農民である。